以前書いた ”ボランティア精神” に通じることかもしれません。
 あなたは人のために何かをしたり、誰かに親切にしたりすると、お礼を言って欲しいとか感謝してほしいという気持ちが芽生えてしまったことってありませんか?
 別にそうした見返りを求めてやったわけではなくても、どこかでそれを期待してしまったことって?
 そして、自分が納得いくお礼や感謝が得られないと、ついつい不満を感じてしまいます。
 しまいには、相手に文句を言いたくなったり、「あんな人のためにやらなければ良かった」 などと思ってしまうことすらあります。
 「あんなに色々してあげたのに、なんの感謝もない。あり得ないだろ!」 といった具合です。
 もともと純粋な親切心で行ったことなのに、結果的にその人に対する怒りや、自分自身のストレスにつながってしまうというのは、なんだかとても不幸なことである気がします。
 私達は案外、人からしてもらったことはすぐに忘れるくせに、自分がしてあげたことはいつまでも覚えているものかもしれません。
見返りを求めず
 さて、先日我が家に、お寺の住職が両親のためにお経を上げにきてくれました。
 お経が終わった後、雑談していた際に教えて頂いた言葉の中に、仏教には「三輪空(さんりんくう)」という教えの話をしてくださいました。
 ● 私が
 ● 誰々に
 ● 何々をしてやった(あげた)
 この「三つの心を忘れるようにしなさい」という教えです。
 この三輪を空にしろというわけです。
 これらをいつまでも覚えていると、前述のように「してやったのに」という恩着せがましい心が芽生え、腹が立ち、自分自身も苦しむからです。
 「施して報いを求めず、受けて恩を忘れず」という言葉もあります。
 どうやら、与えたものに対する報いは求めず、さっさと忘れてしまうに限るようです。
 ふと、時代劇によくあるシーンを思い出します。
 困っている人を助けた後、そのまま立ち去ろうとする。
 「せめてお名前だけでも…」と問われる。
 それに対してさらりと答える。
 「名乗るほどの者ではございません」
 ‥‥
 こんな態度にグッとくるのは、そこに日本人の美徳があるからかもしれませんね。
 あるべき姿として日本人のDNAに深く刻み込まれた何かがそこにあるのかもしれません。
 昔の人は、大人たちからもっとこうした態度を教え込まれていたんじゃないかという気もします。
 以前にも書いた ”長屋の精神”
 今よりもっと人と人とが互いに助け合いながら暮らしていた時代には、こうした考え方が今よりもっと必要だったのではないでしょうか。
 現代に生きる私たちも、もう少しこうした態度を学んでも良いのかもしれません。
 自分ばかり一方的に与え続けていて疲弊するばかり、というのであれば、そこから離れることも必要でしょう。
 自分自身も大切にしなくてはいけません。
 しかし、自分がかけた恩をいつまでも覚えていて、その見返りをネチネチ求めるというのは決して良い態度とは言えません。
 気持ちよく爽やかに生きたいものです。
 ネガティブなところに自分のエネルギーを注ぎ込むより、ポジティブなところに自分のエネルギーを注ぎ込んでいきましょう。

 今日最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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